島音interview ヤンバラー宮城 ②
By habu-connection On 26 5月, 2015 At 01:39 AM | Categorized As 未分類 | With 0 Comments

島音interview-ヤンバラー宮城 表紙2

島音interview ヤンバラー宮城①

ヤンバラー宮城バンドになった
-三線の変わりにスティールパンが入ってるイメージ?
そうですね、まさにそうです。

-まず最初にビッキーとやり始めるじゃないですか。そのときの感覚って?
びっきービッキーとやろうって決めてて、僕は。迷ってる中でも。今のメンバーもそうなんですけど、ビッキーが捕まったのは一番大きかったですね。僕の中では僕はずっとフロントマンで、レキオの頃から理論的ことは、勇二郎とか隼平に全部任せてきたんで音楽的なことは。そのおかげで僕は自由にやってきてたんで。

ソロでやるとしたら、僕の「この曲は、シャーってきて、パーンてきて、ポーン!」ていう表現を譜面に起こせる人をまずメンバーにつけたい。「こういうときどうしたらいいと思う?」ていう、音楽以外の相談相手という部分を持ってる人、まずバンマスを見つけようっていう感覚。音楽の意味でも活動の意味でも、いろいろ話が出来るバンマスをまず見つけようっていうのがあったんで。
そのときの僕の中では「ビッキー」っていうのは固まってはいましたね。もしビッキーにフラれていたら、たぶんやってなかったかもしれないし。

-ビッキーの存在って大きいんですね、今。
あのパーマのくせに(笑)あのフワフワの頭の中に結構ビッキーは冷静にアーティストの良さを、客観的に(見れる)。でも意外と情に厚くてでも意外としっかりと強かな部分、やらしいとこもあって。だからすごい接しやすい。バランスがいい。ピュアすぎると困るし。

ビッキーちょっと年下ですけど、あんまりビッキーが年下なのか上なのか考えたことない存在。ビッキーは関東の沖縄アーティストのサポートいろいろやってるんで。ビッキーを気づいたら独占しすぎてるのが心苦しいんですけど。そろそろ沖縄アーティストに独占禁止法・田靡達也条例が。怒られるんじゃないかと思うんですけど。有り難いことにビッキーもよく手伝ってくれるんで。そこはこれからもお願いしようかなと思ってます。

-ドラムの外山君は、やっぱりレキオの流れで?
それもあったんですけど。彼は本当にアホなくらい真っ直ぐな奴で。そしていいとこのおぼっちゃんで。天然なのは天然なんですけど。世間知らずなところもあるし。なんと言っても平成元年生まれっていう。若いんで。長島一茂さん的な匂いもするんですよね。

-天才肌的な?あ、一茂さんか(笑)外山君
天才肌っていうか天然肌。

-良く言うとっていうことだよね?
良く言うと、です。そんなんおこがましいくらいなんですけど。そんな良くはないんですけど(笑)
彼は無邪気なんですよ。腹黒さがないんですよ。単純に音楽が好きなんですよ。音楽大卒業してるエリートでスキルはあるんですけど。歌もののバンドとしては、ドラムとしては、まだバンマスのビッキーにいつも怒られてる感じなんですけど。

僕がじいちゃんで、ビッキーが父ちゃんみたいな感じですね。スタジオ終わったらビッキーに怒られて、ヘコんでるところに僕が「飲みに行くか?」って。「俺はお前が楽しそうに演奏してるのが好きだよ」って。ビッキーに時々「こうたにぃにぃが甘やかすから。じいちゃんがすぐお菓子あげるから。うちは教育方針として、一日お菓子一個なのよ」って(笑)
「いいじゃないか、かわいい孫なんだから」みたいな関係なところはありますね。

-スティールパンの明応はどういう立ち位置?
僕がビッキーと出会って「イケるかも」って思ったのが第一段階目。外山君とは前からやってたんで、これから先もやりたいなって思って。しばらく3人でやってたんですよ。3人でやってる間ってまだ「ヤンバラー宮城のサポートメンバー」って感じだったんですよ、2人とも。僕が一列目にいてビッキーと外山君が二列目にいて。でもパフォーマンスの意味でも楽曲的にも1.5列目に明応が来た感じがして。

あきおフロント的な手助けもしてくれる明応が入って来たことによって、スタイルが「ヤンバラー宮城とサポートメンバー」っていうよりは「ヤンバラー宮城バンド」になった感じがした。明応はとにかくニッコニコしてて、やっぱみんなに「すごい笑顔がステキです」って。
「でしょ、最高でしょ」って思う。明応自体は出会ってから、そんなに長くないんですよね。レキオのときに一回最後にサポートお願いしただけで。そこからずっと空いたんです。けど三線の変わりというか。

三線ってメロディを弾かなくても「パン」て一音出しただけで、その音で一気に空気が世界があるじゃないですか、音自体に空気を、世界を変えられる力がある。そのぐらいインパクトのある楽器を使いたいなって思ったときに、すぐ明応を思い付いた。「明応だ!」って思って。

スティールパンっていう楽器は全然沖縄と関係ない、トリニダード・トバゴっていう国の楽器らしいんですけど。あの楽器も一音出しただけで一気に沖縄じゃないんですけど南国な感じ。うちらのコンセプトのハッピーな感じが一音で出せる、音に力持ってる楽器だなと思って。

もう迷いなく明応だなって感じはあったんですね。三線と一緒で民族楽器じゃないですか。歴史があって、ルーツがしっかりしてる生活に根付いた楽器なんで。そういう楽器ってやっぱ大きいですよね、楽曲の面で。

あとはもちろん人柄ですよね。ビッキーにも外山君にもない、また、人柄があって。僕にも持ってない人柄がまたあるんで。仏のような顔をしてるし。雰囲気持ってる僕、雰囲気持ってるアーティスト大好きなんで。気づいたらうちのバンド雰囲気持ってる、個性派揃いですよね。

-白メガネがいたり(笑)
白メガネも、普通のメガネかけてたんですけど、僕がなんかのライブの打ち上げのとき飲んだ勢いでノリで「外山君は真面目な好青年な感じがでてるんだけど、ステージ上がるんだったら好青年だけではいかん。インパクトがないと。ビッキーはパーマっていう特徴があるし。明応は明応で楽器もそうだし、雰囲気持ってるし。

外山君はまずは見た目からでもいいから。「分かった、メガネを白メガネに変えたら良いと思う」って。僕は確実に酒飲んだ酔ったノリで言ったんですけど、次のツアーから「白メガネを買った」って言って、かけてきたんですよ。スポーツタイプの激しいドラムソロしても落ちないっていう(笑)

そのときに「コイツと、ずっとやろう」って思ったんですよ。責任取ろうと思いました。それぐらい(外山君は)純粋なんですよ。

-ツアー回ってきてすごいグルーヴも良くなったじゃないですか。それはグルーヴが良くなるきっかけというか、バンドが一致団結するようなエピソードがあったんですか?
やっぱり一番大きかったのは3月の全国ツアーで寝食ともにしたり、温泉で裸の付き合いしたりメンバーで。僕、夢だったんですよ。バンドメンバーで銭湯入るの。ザ・レキオの2人はあんまり銭湯嫌いだったんで。僕、超銭湯大好きで。なんならマネージャーが地方ライブのときに「ホテル取るんだけど」って言ったときにネットで調べたらホテルの近くにサウナもあると。「ホテルじゃなくてサウナ取ってもらってい
いですか」っていうくらい基本的にお風呂大好き。

-珍しいね、沖縄の人なのに。
ヤンバラー宮城5そうなんですよ、珍しいんですよ。もともとは苦手でしたよ。沖縄の人はあんま湯船浸かる習慣ないんで。たまたま高校卒業して出たのが九州だったのもあって。専門学校の友達に銭湯に誘われたんですけど、興味ないから「いいよいいよ」って言ってたんです。
けど温泉に誘われたんです。みんなで福岡から湯布院に、車で温泉旅行行こうって。初めて僕、温泉入ったのが友達同士で湯布院の雪の日に雪見温泉。野郎だけで貸し切って露天風呂入ったときにめっちゃその楽しさを覚えて。それから普通に銭湯も行くようになったんですよ。

しばらくは行ってなかったんですけど、ツアーを回る生活してると。20代の頃って次の日オフあったらここぞとばかりに「ラッキー!」と思ってガンガン飲んでたんですよ。次の日歌わんでいいから。今はオフの日があるとお金の使い方が体のメンテナンスになるっていうか。

-30代入ってね(笑)
銭湯行ったりだとか。今日はオフだと思ったら銭湯行って、コーヒー牛乳飲んで、マッサージしてもらったり、整体行ったり。帰りにビール一杯と焼き鳥くらい食べて寝るとかっていう感じが好きになってきた。だから夢だったんで。バンドメンバーで入るのが。もれなく今回のメンバーみんなお風呂大好きなんで。今回のツアー結構いろんな都市で銭湯行ったんですよ。

-ソロだけどバンドみたいな感じなんですね。
そうなんですよ。僕サポートメンバーをつけてソロでやったことなくて。音楽歴がレキオ歴なんで、ずっとバンドでやってたんで。サポートメンバーとの接し方が正直分からないんですよ、距離感が。なんならアーティストによってはライブ中にメンバー紹介するだけで他は一切触れない人もいるじゃないですか。それが普通くらいな感じじゃないですか。

-ツアーごとに変わったりしますもんね。
だから僕はその距離感が分からないんで。バンドメンバーとして、という距離感で接してしまうというか。いいのか悪いのか分からないんですけど。ビッキーに話を振ってるときは勇二郎とか隼平に振ってるのと同じ感覚で振ってるし。外山君も明応も。どっちかっていったら、僕のソロもそうだけど「うちのバンドメンバー全員愛して」っていう気持ちのが強いんで。

でもどっかしらで自負してますよ。レキオはレキオで有り難いし最高のバンドなんだけど。この個性はレキオに負けないくらいのバンドに仕上がってきてるっていう自負はあります。

-本当にみんな愛されるキャラですよね。人がいいし。

そうです。ヤンバラーバンドのメンバーに入る条件としては「法を犯すことはしない」「いいパパになりそうな人」「家族を大事にしそうな人」っていうのが条件ですね。なんか全員もれなく、いいパパになりそうじゃないですか。家庭を大事にしそうじゃないですか。
家族とか友達とか身内を大事にしそうな。お年寄りも子供も大事にしそうなオーラを持っている、雰囲気を持っているメンバーじゃないと僕はやっていけないなっていう。

ーその基準を満たしたのが、その3人なんですね。

忘れ物を取りに来ました
-このバンドになって今後の目標は?
今は大きい目標、中くらいの目標、ちっちゃい目標をしっかり立てるようにしてるんですよ。ソロになって自分がしっかりしないといけないじゃないですか。社長でもあり、リーダーでもあり、フロントマンでもあるんで。

なんだかんだ個性溢れるメンバーだけど、それでもさらにそれを軍を飛び出してカリスマ的なところにいないといけないわけですよ。レキオの頃よりもっと責任感とか、しっかりしなきゃなっていうのが出てきたので。みんなもちろんこのメンバーも、まずは「ヤンバラー」についてくから。「間違いないだろう、絶対売れるだろう」って思われるぐらいまで、僕は常に不動の「前を向く男」でいなきゃいけないなあっていうのはあるんで。
ヤンバラー宮城13いちおう、目標もちゃんと立てながらやろうって思って。去年はソロになったとき、目標すらも「どうしようかな」って感じだったんですけど。これはレキオの頃から言ってるんですけど、やっぱ紅白だったりに出れるくらいのアーティストに、やっぱ単純に売れたいなあっていうのはあります。売れたいなっていうか、音楽ずっとやっていけたらなあって。

20代の頃に「音楽で食っていきたいなあ」っていう思いと、またちょっと違うのかもしれないんですけど、違うもう一個上の意識で「食っていきたいなあ」っていうのもあって。やっぱ結果を残すしかないっていうのがあったんで。
レキオでの反省点を今すべてぶつけてる感じですね。だからそういう意味で今の方が活動としては、すごいいいのかもしれない。

-締めるところは締めて。
レキオが東京でワンマンしたのが、200人くらいお客さんが集まったんですよ。ちょっとずつちょっとずつ頑張って、まずはそれを今年中に超えたいな、と。一番目に見えて分かる結果として「頑張ってるな」って。しっかり気持ちを伝えるひとつの方法として、とりあえず今年中にその200人というレキオの集客を超えて。

来年はもっと大きい500人超えるような大きいところでやろうかなと。しかもそれを東京でやりたいなと。レキオのときにいろんな人と会って、いろんな経験させてもらって。全然後悔、悔いはないんですけど。一個忘れ物を東京にしたとしたら「結果」だったんで。僕は今年東京で結果をつくる。

-「忘れ物」を取りに来た?
忘れ物を取りに来ました(笑)
ただ僕FBにそれを書いたら「東京にまた住むんですか?」っていう声が多かったんでハブコネクションさんのこのサイトで訂正させて頂きます。那覇空港から飛行機に乗って忘れ物を取りに来るんで。住むのは沖縄。

-沖縄から毎回忘れ物を取りに来てます、と。
その都度ちょっとずつ取りに来てます。

-まず今年中に200を超える、と。
レキオを超えるライブをして、来年の夏ぐらいには、もう一個上のステージでやっていきたいなって。「やっていきたいな」って言って出来なかったから、あの頃。「やっていきたい」じゃなくて「やります!」と。このハブコネクションのサイトで「やります!」と宣言しますので。

-一生残りますからね、これ。
で、3年後に「かわいかったな、あいつ」って自分でまた言えるように。「かわいかったな」ってさらにもう一個上のステージから言いたいですね。

-最後になりますが、みなさんへのメッセージをお願いします。
東京で今年はがっつりやりますが、「求められると単純にすごい嬉しい男」なんで。もちろん全国、関西・中国・四国とちょいちょいいろいろ回りながらライブする予定ですが、今年は東京と沖縄に集中して。地元・沖縄も盛り上げながら活動していこうと思いますので。
ザ・レキオより歴史はありませんが、思い入れはありますので。ザ・レキオよりいいメンバーで、いい音楽で今やってる気持ちで活動してます。
もっと良いものを見せれるように、進化したものを見せたいと思いますので、これからも関係者の皆様、そしてファンの皆さん。そして、父ちゃん母ちゃん。長男のくせに、もうしばらく自由にさせて頂きます。結果を残したいと思います。よろしくお願い致します。

ーありがとうございました。

6月には、『ヤンバラーフェス!』と銘打ちバンドを引き連れワンマンツアーを行うヤンバラー宮城。ザ・レキオ活動休止し、その後の活動を心配し待ち望んでいたファンは多いはず。ザ・レキオで培った音楽、出会った人やファンの存在が糧となり動き出した今。彼の強い思い、歌声が日本中に響きわたる日はすぐそこまで来ている。

ヤンバラー宮城表紙


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