島音interview 世持 桜
By habu-connection On 29 5月, 2017 At 12:34 AM | Categorized As High Light, 世持 桜, 島音interview | With 0 Comments

島音interview-表紙

石垣島白保出身の八重山民謡唄者の世持桜。近年は、首都圏にて開催される多数の沖縄イベントへの出演など飛躍的に活動の場を広げ、多くの沖縄ファンの心をつかんでいる。25歳と沖縄民謡界としてはまだまだ若輩者だが、それ故に小さな体から発するパワーと可能性を感じさせる歌声は必聴。三線を始めたきっかけや片山恵理との出会いや同い年唄者LisaOkiへの思い、世持桜のこれからについて語ってもらった。島音interview初登場!

世持 桜プロフィール

-東京に出てきて何年になりますか?
高校卒業してからなので4月で7年目です。

-東京に出てきたのはなぜですか?
最初は介護福祉士の資格を取りに専門学校に入り、卒業後1年間デイサービスで働いてました。その中で利用者さんと三線をもって一緒に童謡など歌ったりしている事がきっかけで唄をやってみたいなと思いました。

-東京に出てきたのは唄がメインではなかったのですね。
そうです。唄ではなかったです。

-三線を始めたきっかけは?
世持桜三線を始めたのは中学2年生の時で。わたし元々いまの師匠の奥様から琴を習っていたんですよ小学校の時まで。そこからお母さんが「桜、三線もやった方がいいよ」って言ってくれていて、お母さんの方から今の師匠に「桜に三線を教えてください」とお願いしてくれました。それでお母さんに勧められて習いに行ったのが三線を始めたきっかけです。

-お母さんの奨めだったんですね。最初から三線は楽しかったのですか?
いや、そんなことないです。
1、2年間ぐらいは自分の歌っている声にも慣れなくて、なかなか歌えなかったです。琴をやっていたからか分からないけど、三線に慣れるのにめちゃくちゃ時間がかかったなと思います。

-もう全然感覚が違かった?
感覚が違いますね。

-三線が楽しくなったきっかけは?
高校に入ってから部活が郷土芸能部で声出す楽しさだったり、思いっきり出すというのが日常的になって、それで慣れてきて色んな唄を歌いたいと思うようになったし、人前で歌うのがあまり恥ずかしくなくなった。

-最初は恥ずかしかった?
最初はめっちゃ恥ずかしかったです(笑)
何で歌わされているんだろうみたいな感じが(笑)

-高校の郷土芸能部のおかげなんですね。
そうですね(笑)
歌っている人や踊ってる人達がいっぱいいたから安心感があって。それで郷土芸能部に一体感があって、全国大会に行こうとか、一位になろうとか、賞を取ろうとか目標があったから私も頑張らなくてはいけないなというのがあって。

-若くして賞を取っていますよね?
高校1年生の時です。

-そんなに早くとれるものなんですか?
ちゃんとレベルがあって。
まず中学2年生の時にランクが一番下の小学生が受ける奨励普及賞を合格させてもらって、中学3年生で次のランクの新人賞、それで高校1年生で優秀賞。最優秀賞が一番上ですが、取れるまでには時間かかりました。

-最優秀賞は高校生の間で取れたのですか?
取れなかったです。
先生がやっぱり取らさせてくれなかったですね「まだそのレベルじゃないって、まだ早い」って。

-では東京に出てきて最優秀賞を取ったのですか?
東京に出てきて、2015年に取りました。

-わりと最近なんですね。
最近ですね(笑)世持-桜5
ライブを初めて1年目の時に、これ優秀賞だけじゃダメだと思って。人前に出るんだったらもっとその上の最優秀賞まで取らないとやっぱり人前で唄えないなっていうのがあって。それで先生とSkypeで練習したんですよ。

-Skypeで練習できたのですか?
はい。先生が石垣からパソコン使ってちょっと時差あるんですけど全然支障なくて。

-Skype使ってのレッスンっていいですね。
とてもありがたいです。

-そうすると21歳くらいから人前で唄おうと?
そうです。

-何か人前で唄うきっかけがあったのですか?
東京にいて介護やっていて、その時にレクリエーションというのがあるんです。一緒に触れ合うものが。「桜なにか楽器とかできないの?」って言われて三線という沖縄の楽器弾けますって言ったら「いいじゃない!」ってなって。
「童謡とか一緒に歌ったらいいじゃない」っていうスタッフの方からの提案で 面白いかもって思って。実際やってみたら評判良くて「富士山」を一緒に歌ったり、「幸せなら手を叩こう」で体動かしたりまず声出すことでリハビリになったりもするから。
面白いなぁって思ってそこから介護も続けたいけど人前に出て歌うっていうのは、どんなもんかなって思ったのがきっかけです。

-それを意識しての初めてのステージはどこだったのですか?
それは、ゆがふ(目黒にある沖縄居酒屋)です。バイトを始めて1か月後位に。バイトが3月11日日くらいに始まって、4月12日に初ライブしました。

-これは自分からライブやりたいと?
違うんですよ。
バイト入って1週間くらいの時に、お店に片山恵理さんがライブしに来てたんですよ。セッティングの時にでも挨拶しないとと思い「私、出身が石垣なんです。」って言ったんですよ。そしたら片山さんが「石垣のどこ?」「石垣の白保という所です」って。片山恵理さんが実は、先生が上げていたYOUTUBEで私のこと知っていてくれたんですよ。

-へ~~~
片山さんが「世持桜って知ってる?」って言われたので「あ、私です」って(笑)
「えーーーーーっ」ってなって(笑)
それでそのライブの時に一緒に1曲歌わせてもらって。
それを見た店長が「桜も唄ってみなよ」ってなって初ライブができました。

-その時は、三線でやっていこうって気はなかったの?
どこまで行けるか不安でしたけど今みたいな感じは、考えられなかったですやっぱり。どっか傍らでできたらいいのかなって思ったりしてたんですけどそういう時には、先生に相談したりして。
「ライブしたいんですけど」っていったら「厳しいかもしれないけどやってごらん」って言われて。
実際、厳しいじゃないですか(笑)
そういうことかと(笑)
やってみないとわからないですね。

-初めてのライブの手ごたえはどうでしたか?
1回目は、めちゃめちゃ楽しかったです。
島の先輩、同級生が来てくれてみんなで踊ってくれたりして。とっても楽しい時間でしたね。

-最初の経験が良かったから?
そうですね。続いたと思います。

-三線でやっていきたい!というきっかけは?
そういうきっかけは、徐々に出てきました。
ゆがふで定期的に月1で唄ってたのですけどその時にお客さんがついてきてくれるようになって。見ている人ってどういう感覚なんだろうって部分から自分ちゃんとしないとなって(笑)

-だんだんプロ意識へと変わっていったのですね(笑)
やばいやばいって(笑)世持-桜6
これじゃダメだと。それに私より先に気がついたのが、ずっとサポートしてくれている弟(ギター担当)なんですよ。
「あんなんじゃダメだよ」
「歌詞あんな風に歌うな」
「ちゃんと合わせなさい」
「喋るんだったらちゃんと喋った方がいいんじゃない」とか本人は喋らないですけど(笑)

-覚悟を決めたのはいつ頃ですか?
いつ頃というより人前に多く出るようになってからですね。月の半分くらいやるようになってから。歌もやっていくうちに声に波がでてきて、歌っていたら失礼だと思って。どっちを優先したいかってなった時に、自分が表にでている時の方が自然体だし、やっぱり楽しいなって思ったので。

-昨年、CDをリリースしましたがきっかけを教えてください。
3年目だったのでやっている今を記録に残しかったのと、「CD作りなよ!」とお客様からも言ってくださることが多くなって。安里さんからも琉球カーニバルで出したらいいよ!って言ってくださって(笑)
作るにあたり迎里計にーにーに助けてもらいました。
出始めの時からいろいろと気にかけてくれて「一緒にやるさぁ」ってイベントにも誘って
いただいたりして。
欠かせなかったのは計にーにーですね。

-同級生のLISA OKIに対してはどういう心持ですか?ライバル?友達?sakura3
ん~~~~~。
私的にとってもありがたいライバルだなと、友達でもありますし。

-2人で音楽的な話はしますか?
三線がどうのこうのとか、する時はしますね。仕事の仕方だったりとか、桜が相談したりLISAが相談してくれたりして。私も「そうしたほうがいいよね」とか「なるほどね!」って2人で言って(笑)

-それ以外のプライベートの話も?
そっちもちゃんとします(笑)
対外そこが多いです(笑)
気になることは結構LISAに聞いたりしますね。
それを答えてくれたり。

-LISA OKIに最初に会った時の印象は?
同級生だけど、ジャンルも違う雰囲気も明るいじゃないですか私とは違う同級生だなと(笑)

-影響されたりしましたか?
見せ方とか勉強したいと思いました。彼女の見せ方だったりお客さんに対するかけ合い方とか。パフォーマンスは桜と何が違うのかなって研究したいなって思って。なるほどねって思う事がいっぱいありました。

-この世代の人多いですよね?
いますね。

-兜蟹の赤丸くんとかライバル心はありますか?
ないですね(笑)赤丸
ジャンルが違いますし、同い年という事でお互い頑張ろう!って気持ちで応援し合っています。

-今年の目標は?
CD出したいですね。

-前回はオリジナル1曲でしたが?
今回もオリジナル1曲入れて、やっぱり外せない民謡は必ずいれて。

-それは自分の中で絶対?
絶対です。

-八重山民謡をもっと広めていきたい?
広めたいというより、唄いですかね私は。
みんなに「八重山民謡聞かせてくだい」って言われるのでそこは桜が唄わなくなったらダメだなって。それが無かったら何が残るかなって思ったらあんまりないなって(笑)

-今後は唄者としてどうなっていきたいですか?
大きいステージにも立てる人になりたいですね。

-メジャーデビューとかは考えたりしますか?
メジャーデビューやってみたいです。
でも世持桜を世に出して表現していけるならこだわらないです。あとワンマンライブと全国でライブしたいです。
それと役割としては、後輩もいろんなところに出してあげたいです。sakura2桜も上京したときに三線弾きたいけど弾けないって環境じゃないですか東京って。だけど沖縄居酒屋でライブ出来るって知ったので、後輩達にも舞台を作ってあげたい。高校までやっていたのがパタッと出来なくなるのはもったいないですし。私たち世代もそうだったけど後輩も「踊りたい」っていうのは聞こえるんですよ。
でもなかなかできない。
そういう部分で機会を作っていかないとドンドン消えていくんだろうなと。唄とか流派があるけどそういうのを超えて内地で結束していきたいです。そういうことで後輩たちの役に立てたら幸せだなって思います。
あとは、ワンマンライブと全国を廻って唄いたいと思います。

-ありがとうございました。

近い将来、首都圏の三線シーンをリードしていく若い世代がいよいよ登場してきた。不器用ながらも意識高く八重山民謡唄者として歩き始めた世持 桜の成長と共に首都圏の三線シーンも変化していくだろう。世持桜から目が離せない。

 
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