沖縄民謡界の最高峰、登川誠仁と大城美佐子の共演盤!
By habu-connection On 28 9月, 2012 At 12:24 AM | Categorized As CD Review, OKINAWAN MUSIC, power push | With 0 Comments

登川誠仁&大城美佐子「デュエット」10月3日発売!              </>

アルバム|曲解説・歌詞・対訳付き|2012年6月沖縄市にて録音
RES-217 ¥3,000(税抜価格¥2,857) POS 4525506001741

■アルバム内容
今年80歳を迎えた登川誠仁と76歳を迎えた大城美佐子。長きに渡り沖縄民謡を歌
い続けて来た2人が、初の共演アルバムを録音しました。歌・三線は全曲同録であ
り、2人の演奏をありのままに伝える、生き生きとした作品に仕上がりました。
収録曲はカチャーシー曲の「谷茶節」「ハリクヤマク」。沖縄民謡の傑作にして大ス
タンダード曲の「ナークニー~山原汀間トゥー」「カイサレー」「海ぬちんぼうら~赤
山」など、まさに王道の選曲です。
沖縄民謡の真髄がじっくり楽しめる作品であり、歴史的な録音作品です。

■収録曲 全15曲(59:48)
1. ナークニー~山原汀間トゥー(沖縄民謡)
2. 海ぬちんぼうら~赤山(沖縄民謡)
3. デンスナー節(補作詞:登川誠仁/沖縄民謡)
4. 永良部百合の花(沖永良部民謡)
5. カイサレー(沖縄民謡)
6. 伊計離り節(沖縄民謡)
7. 谷茶前(沖縄民謡)
8. ヤッチャー小(沖縄民謡)
9. 白浜節(沖縄民謡)
10. 伊佐ヘイヨー(沖縄民謡)
11. 早口説(春の踊り)(沖縄民謡)
12. 大願口説(沖縄民謡)
13. 桃売いアン小(沖縄民謡)
14. ひじ小節(沖縄民謡)
15. ハリクヤマク(沖縄民謡)

 

■大城美佐子プロフィール
1936年大阪市大正区北恩加島生まれ、名護市辺野古育ち。幼少期の頃は昼休みに大人が置いている三線を自己流に弾いていた。祖父や親戚に古典音楽の名人を持ち、20歳頃から古典や舞踊を習う。島唄の神様と言われる嘉手苅林昌や小浜守栄の追っかけもその頃の事。普久原恒勇や上原直彦らに強く勧められ、知名定男の父、知名定繁に弟子入りして民謡の道に進む。
1962年シングル「片思い」でデビュー。その伸びやかな高音が「絹糸の声」と評され大ヒットとなる。やがて三線1本を抱えて東京、神奈川、大阪など内地を長らく彷徨の後、沖縄に戻り、民謡界の至宝、嘉手苅林昌とデュオを組む。
1973年には東京公演(嘉手苅林昌らとジャン・ジャンほかで)。
1975年には琉球フェスティバルに出演。
1997年には登川誠仁、知名定男のバックアップを受け2枚組大作「絹糸声」をリリース。
2007年に芸能生活50周年を迎えるもなお、変わらず多方面での活動を続けている。
2011年には弟子の堀内加奈子とのジョイントアルバム「歌ぬ縁」をリリースし話題となる。

■登川誠仁プロフィール
1932年、兵庫県尼崎市に生まれ、本島・石川市東恩納(ひがしおんな)に育つ。少年時代から音楽~芸能の才に長け、親に隠れながら歌や三線を独学した。16歳で当時の主要劇団の一つであった松劇団へ「地謡」(じうてー=伴奏者&シンガー)の見習いとして加わり、珊瑚座などの人気劇団で修業に励んだ。
1957年、小浜守栄、喜納昌永らと共に琉球民謡協会を設立する。同年、神童と謳われた12歳の少年、知名定男が、登川に弟子入りする。
1970年、声楽譜付の楽譜=工工四(くんくんしー)である『民謡端節舞踊曲工工四』を発表。
1975年、本土に沖縄音楽を紹介した竹中労により、登川誠仁は『美(ちゅ)ら弾き』(ビクター)などが録音される。
1998年、琉球民謡協会名誉会長就任。1999年、彼が準主役として登場した映画『ナビィの恋』に出演。
2002年には、映画『ホテルハイビスカス』に出演。同年出版されたオフィシャル自伝『オキナワをうたう』は第23回沖縄タイムス出版文化賞を受賞。2004年には弟子の知名定男と琉球フェスティバルで共演。
2008年 オリジナル・ソロ・アルバムとして約6年振りの作品『 酔虎自在 』をリリース。
2010年アルバム「歌ぬ泉」をリリース。2011年2枚組ライブアルバム「登川誠仁ライブ!~Just One Nightat CAY 2010.8.29~」をリリース。主な受賞歴 琉球民謡協会第一回功労賞。沖縄県指定無形文化財(琉球歌劇保持者)に認定。


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