島音interview 田所ヨシユキ
By habu-connection On 12 3月, 2013 At 12:44 AM | Categorized As 島音interview, 田所 ヨシユキ | With 0 Comments

 

『第20回新唄大賞』にて審査員特別賞を、「足テビチの女」で受賞した田所氏。
ほか楽曲においても、ハイセンスな田所ワールドを放つその独特な世界観と、
ユーモア溢れる作詞作曲の秘密を探る。

田所トシユキ
●プロフィール
東京都江戸川区東小岩生まれ。千葉県習志野市育ち、横浜在住
1995年に漫画家デビュー後、2008年『S-1グランプリ2008』にてグランプリを受賞。 
2009年には『第20回新唄大賞』にて、審査員特別賞を受賞。
●公式Webサイト http://u-nosuke.com/ 

 

◆インタビュー目次◆

 

●夢と挫折と始まり――――

出身は、埼玉でしたよね?
 どこの情報ですか(笑)東京生まれ、千葉の習志野育ち、横浜在住です。
サラリーマン時代に、埼玉の川越に1年間住んでいたことはありますけど。大学を24歳で卒業して、某自動車メーカーで車の営業をしていました。29歳で辞めるまで、5年間勤めました。

 

そこから、イラストレーターになられたんですか。
いや、会社を辞めた理由は漫画家になりたくて。半年間、持ち込みして小学館のヤングサンデーでデビューして、単発でずっと描いていたんですけど。1年ほどで、煮詰まって描けなくなってしまいました。

 

 小さいころからの夢だったのに?
漫画を描くのは好きだけど、描く作業が向いていなかった(笑)。長時間、引きこもってただひたすら描き続けるというのがなかなか出来ないんですよね~。

担当編集者からダメ出しされる、部屋に引き籠って描き直す、またダメ出しされる・・・・・・それを楽しめれば良かったんでしょうけど、その前に折れてしまった(笑)。
 
今にして思うと、いまは音楽をやっていて自分で表現したいものってあるじゃないですか。当時は、漫画を描きたいという思いはあっても「何を描きたいのか」が見出せなかった。今、当時を思い返しても「田所の言いたい強烈な何か」っていうのがなかった。俺、何を描きたいんだろう?みたいな(笑)。

そこはっきりしていれば、続けられたんだと思うんですよ。ただ当時は、それを見い出せなかった。みんな、それを探りながら描いて描いて描きまくって、そして見つけ出していくんでしょうけどね。でもそれを見つける前に挫折しちゃった。
 
そのあとは、絵を描くことは好きなのでイラストの仕事をちょこちょこやりながら、フリーランスで編集の仕事やったり、車情報誌のカメラマンをやっていたり。そんなある日、突如三線を習おうと。

 

 

●衝撃の沖縄――――

それまで沖縄へは行かれていたんですか。
 27歳の時に初めて行きました。

 

 



それは、きっかけがあって・・・雑誌をたまたま見つけて、写真を見て「沖縄料理を食べたーい」「沖縄そば食いたい!」。一番は「ラフテー食いたい」と思って(笑)。当時は、身近に今ほど沖縄料理のお店がなかったし。「じゃあ、現地に沖縄料理を食べに行こう」となったわけですよ。
 
そのとき、学生時代に音楽をやっていたから、沖縄の音楽にも興味があって、民謡酒場とかにも行って。そこで初めて沖縄の音楽に触れて衝撃を受けました。

 

 

どういうところに、衝撃を受けたんですか。
自分は学生時代、バンドでずっとキーボードをやっていたんですよ。5歳のときからピアノをやってて。
ピアノが弾けたら、だいたいやらされるじゃないですか(笑)。あと、男の子のキーボードって少なかったし。だけど、キーボードは絶対センターになれない(笑)。

あの当時のキーボードの位置は、そうでした(笑)
必ず誰かのバックじゃないですか(笑)それは、いいんだけど。・・・っていうか、良くなかったんだろうね(笑)。それで女の子がボーカルのバンドを組んでいたんですけど、心の底で「なんでこの女の子のために、俺は弾いてるんだ!」ってフラストレーションを溜めていたんだろうな、いま思えば(笑)。
 
でも学生時代は、そのフラストレーションをどう解決するのかってことが、分からなかった。じゃぁ自分がメインをとって、どんな音楽をやるの?って、あまり思いつかなかった。
 
その10年後の27歳で沖縄に出会って、そこからさらに10年あって、37歳にして沖縄音楽を始めてみて、「俺がやりたかったのってこれなんだ!」って初めて思えた。

 

 ずいぶん、かかりましたね(笑)
そう、かかったんだよね。それでね、なんで「これだ!」と思えたのかっていうと、それは沖縄で27歳のときの衝撃と重なるんだけど。三線ひとつで、すべてできるでしょ。自分で伴奏して、唄って、お客さんを踊せることできるし、感動させることも泣かせることもできる。それがホントにすごいな!って。
 
当時のキーボードって、メチャクチャ重かったでしょ。それがこの軽い三線一本っていう楽器で、踊らせちゃうっていうのが衝撃だった。
それと沖縄音楽に出会って衝撃だったのは、音楽が生活の中にあるってこと。日本の音楽って、ちょっとそうじゃないでしょ。嬉しいから歌っちゃおう!踊っちゃおうぜ!みたいなのって、ライブ会場に行ったり、イベントに行ったりしない限りないじゃないですか。だから、沖縄の、生活の中における音楽の重要性って、すごく衝撃的で、「音楽の原点だ!」と感じた。その衝撃は未だに忘れられない。
 
5歳の時からピアノを習ってたりして、それなりに、ずっと音楽となんらかの接点をもってきたのに「一体、これまでは何だったんだろう?」と。

 

西洋音楽には譜割りがありますけど、それで苦労しなかったのでしょうか。
苦労しましたよ。27歳のときに沖縄で、1枚の民謡のCDを購入して(『南海の音楽』宇崎竜童プロデュース)、ほぼ10年間ほとんどその1枚のみをずっと聴いていたんですが、全く理解できない。まず、言葉が分からないし。譜割りができない、どこでどうなってんだ?みたいな。だけど、気持ちがいい。

多分、ロックが気持ちいいのは8ビートで、規則的にビートがくるから気持ちいいと思うんだけど、沖縄民謡はそうじゃないのに、一体なんなんだろう?って。ずっと考えても分からなくて。三線をやり始めて、「あーそういうことなのか」って分かりかけてきたけど。まだまだ全然で、今でも探求しながらやってる。

 

 

●ホステスと足テビチの女――――

「足テビチの女」で色んな賞をもらいましたが、オリジナル曲を作るにあたって、何を意識していますか?
たとえば三線をもってライブをやると、民謡やって、沖縄ポップスもやって。ライブが終わってみて、何が一番盛り上がったかと考えると、ビギンの「オジー自慢のオリオンビール」だったりする。
もちろん素晴らしい曲なんだけど、やっぱり、自分にしかできない表現ってなんだろうなって考えるようになった。

一時期ライブハウスで月1ライブをやっていたときに、そこのオーナーに「お前の言葉で音楽をやってみなよ」と言われたんだけど、最初は「いや、民謡にこだわってやっているんで」って断っていた。
 
でも考えてみたら、沖縄の言葉とか音楽が好きで、自分はリスペクトとしてやっているけど、じゃあそれがお前自身なの?って言われたら、ちょっと違うような気がした。
自分はネイティブの沖縄人ではないし、沖縄音楽に出会う前に聴いてきた音楽もたくさんあるわけだし、そういった自分のコアな部分、蓄積の中から出てくる音とか言葉ってどんなものかなぁ、を試してみたいなと思ったんですよ。
 
それを、今現在の、沖縄音楽に触れている自分が表現するとどうなるか、というのが一曲目だったんです(『パイパティローマ』)。テーマ的には、南の島とかそういう要素は入っている。でも、サウンドの部分では民謡に拘らず、「自分の音楽」というものがどういうものなのか、ということを考えて作りました。

 

「足テビチの女」ができたときは、これだ!って思ったんですか?
もう、だいぶ前の話ですね(笑)。あれは、タイトルありきの曲なんですよ。
崔洋一監督の『豚の報い』っていう映画があって、映画の中でホステス三人が豚を貪り食うシーンがある。それを観てて『足テビチの女』っていうタイトルがまず浮かんで。

曲を作る5年ぐらい前の年賀状に、『田所ヨシユキ ファーストCD発売“足テビチの女”』っていう漫画をシャレで描いたんだけど。千葉にある沖縄料理屋さんのママが、「足テビチの女が、でーじ気になる!早く作れ!」って(笑)言われて続けて、完成するまでに3~4年かかった。
 
初めにサビができて、AメロとBメロを作っていった感じかな。メロディはあえて島唄調じゃなくて演歌調にした(笑)。それは、やっぱり自分はヤマトゥンチュだから、ヤマトゥンチュ側からみた沖縄リスペクトっていう気持ちがすごく強かった。

 

沖縄で審査員特別賞を内地の人が獲得することは、難しいことですが。
賛否両論あったみたいですよ、審査が紛糾したって(笑)

 

賞を獲得できたことで、内地の人の励みにもなったかと思います。
そうかな(笑)
さっきと通じるかと思うんだけど、あえて沖縄風音階にしなかったのが良かったんだと思うんですよ。変に媚びる必要も迎合する必要もない。「あれは民謡じゃない」って言われたりもするけど、自分もそう思うし(笑)。でも、沖縄への愛を感じるよって思ってくれたらめちゃめちゃ嬉しいですね。
 
芸事って、正直にやったものしか評価されないような気がします。あの歌に関して自分は、すごい正直だったんじゃないかな。そこが受け入られたんだろうなって、感じはしますよね。

 

それ以降の曲作り関しては、なにか変りましたか。
別に変らないです(笑)

 

 

●愛とか恋とかファンタジーとか――――

宝くじを歌った曲もありますが?
ありますね。毎週ロト6を買ってますからね、本当に。リアルじゃないですか(笑)
たぶん、漫画のときもそうだったんですけど。内面的なモヤモヤしたものとかドロドロしたものがあって、そこから突拍子もない怪物を産みだすタイプの作家じゃなくて。自分が経験したことしか出せないんですよ。それは凄い感じていて。
 
いま漫画を描いても、自分が飼っている猫のしか描けないし(笑)。だからその分、生々しいなとか「あ、こいつスケベだな」とか、「エロいこと考えてるな」とかって感じてもらえたら、それで成功かなって。
宝くじの歌も、ライブなんかで喜んでもらえたら嬉しいですね。

 

たしかにオリジナル曲って聴かせる人が多い中で、オリジナル曲であんなにお客さんが喜ぶのも珍しいですよね。
愛だの恋だのって言わないところがいいでしょ(笑)そろそろ愛だの恋だの言いたいんだけど(笑)
ファンタジーで話を膨らませられる作家さんもいるけど・・・そうでない生々しくリアルにしか唄えないんだろうなあ。

 

そう考えると、沖縄民謡はファンタジックではない?
「沖縄民謡は、語り」とよく、大城美佐子先生が言っています。心情を語る、吐露するリアルさが魅力なのではないかな・・・。
生活の中から生まれる“生々しさ”を感じますよね。生々しさって、やっぱりエロスに通じると思うんですよ(笑)

 

少しもステージにエロさは感じませんが(笑)逆に「ぷちぷち海ブドウ」は異質で、NHKのみんなのうたで流れていそうな曲ですよね。僕には作れそうもないです(笑)
自分が聴いている曲は、結構ポップなものが好きで。
比較的どの歌もよく言われるのが、「足テビチの女」もそうだけど、覚えやすいって。そういうのが好きだし、そう思ってもらえるのは嬉しいですね。
 
どんなに音楽的に素晴らしい曲でも、耳に残らなきゃ意味がない、耳に残ったもん勝ちだと思っていて。「ぷちぷち」もAメロBメロしかないしね(笑)。シンプルで短いほうがいい、サビは連呼したほうがいいって考えました、戦略的に(笑)。

 

 

●音楽芸人でもいいプロ意識――――

沖縄民謡って恰好つけないところがいいと思います。そう考えると「ぷちぷち海ブドウ」は決して格好良くはないけど、そこがまたいいと思える(笑)
恰好つけなさすぎって、奥さんには言われちゃいますけど。オチをつけるのはそろそろ止めたらって(笑)俺はちょっと引いた感じで、みんなが楽しんで踊っているのを歌いながらほくそ笑んでやるっていう感じが楽しい(笑)
 
やっぱり楽しんでもらうことが一番嬉しい。哀しい歌をうたっても、楽しい歌をうたっても、ある意味一緒で、お客さんが喜んでくれているかどうかがエンターテイメント。いくら自分の熱い主張があって伝えたいと思ったところで、楽しんでくれてなかったら意味がないと思います。「いいんだ!お客さんが楽しもうが楽しむまいが、俺はこれをやりたいんだ!」っていうのが俺はあんまりないかな・・・

 

そういう方っていますか?
いるんじゃないですか。自分の主義主張を第一のプライオリティーにおいて、それをみんなに楽しんでもらうために頑張るタイプ。自分は媚びてでも(笑)楽しんでもらう(笑)。

いや、別に媚びないですけど(笑)常にどう楽しんでもらうかを、考えることを一番においている感じはありますね。

 

漫画家時代にはなかった、演奏してみんなに楽しんでもらうことに辿り着いた?
うん。それは大きいんじゃないかな。ミュージシャンというよりは、音楽芸人みたいな(笑)。「あいつは芸人だねー」と言われた方が、嬉しいです(笑)。

 
だから、トークも含めてトータルを考えなきゃいけないし。ライブでも、トークは意識している。

みんな考えていると思うけど、自分にしかできないことってなんだろう?を一番に考えている、今は。
さっき「『恋はプチプチ海ブドウ』は、僕には作れない」って言ってもらえたことは、本当に嬉しい。僕でも作れそうって言われたら(笑)哀しい。
 
ライブパフォーマンスを含めてトータルをみてもらって、「あれは田所にしかできない」って、そこにこそお金を払う価値がある。プロというのはそういうものであって、そこにお金を払おうと思ってもらえるかどうかだと思っています。
 
でも、ウケ狙いとはまたちょっと違う。ウケを狙おうとは思っていないんだよね。

 

「桃色シーサーのテーマ」は、田所センスが光っています。プロデュースがすごく良くて、客観的に捉えられているなと思いましたが。
あれは、もっとクールに歌ってもらわなきゃ(笑)
客観性は自分に対してもそうですし、自分の好きなアーティストとかも観察するとそうなんですけど。
 
一流の人って、すごく自分のことを客観的に見ているなって思う。自分がどうすれば一番いい自分に見えるのか、すごく計算している。一見ハチャメチャでも、実はその裏で綿密に計算して演出しているし、演技もしている。すごく頭をつかってやっているなと思う。自分がどこまでやるかは、さじ加減もあるけど。
 
ある程度は自分を冷静に見て、「いまの自分はこうだから、こういうふうに出していったほうがいい」って・・・プロはみんなやっているんですよね。

 

 

●葛藤するアイデンティティー――――

沖縄民謡をやりながらも、オリジナル曲への表現力も高いですね。
沖縄民謡は、沖縄民謡で正しくやりたい。いじったり、アレンジせずに、三線一本でビシッと弾きたいというのがある。その対極に、たぶんオリジナルがあると思うんですよ。
 
それは、自分のアイデンティティーというのは何なのか。リスペクトする沖縄があるならば、その対極として、沖縄をリスペクトする自分自身は一体何者なのか。それがライブの構成に表れているように思う。
 
いくら民謡が好きでも、自分は沖縄の人じゃない。沖縄の人になれるはずもないし、なる必要もない。沖縄の人ができることは、沖縄の人がやるべきだし、じゃあ沖縄じゃない自分は何ができるのか。
東京で生まれて、千葉で育って、横浜に住んでいる俺ができることは何かなって考えてやるべきだと思う。
沖縄の人って強い「ウチナーアイデンティティ」を持っている。じゃあ自分のアイデンティティーはどこなんだ?って。東京で生まれて、千葉で育って、横浜に住んでいて、親は関西だし。俺はどこなんだろう?って、常にある。それを、沖縄と向き合うたびに突きつけられる気がするんですよ。

 

今でも、アイデンティティーを探しているんですか?
探すというよりかは、作るっていうことなのかも知れないですね。

 

今後のアルバムにも、その葛藤は出てくるのでしょうか。
いや、別に出ないんじゃない(笑)出るのかなぁ・・・苦悩とか、それをダイレクトに歌ってもしょうがないじゃないですか(笑)自分探しみたいなことは、自分の中でやってればいいことですし(笑)
 
ただ、その葛藤の中から生まれた曲ではあると思うんです、「足テビチの女」は。自分の先生に初めて聴かせたとき、「この曲は沖縄の人が作らなきゃいけない。だけど沖縄の人には作れない」って言われたときは、メチャクチャ嬉しかった。
そういうふうに言ってくれる先生に、感動した。さらっと「沖縄の人にできないよ」って言ってのけて受け入れちゃう、その度量のすごさに。すごく喜んでくれたことが「本当にこの人についてきて良かった」と思ったし。

 チョンチョンキジムナーの照屋政雄さんにも「お客さんにウケているんだから、それでいいんだ。堂々とやれ」って言ってくれて。
作ったときは本当に不安で、色んなお店でやってみて・・・常にいつも、「だいじょうぶかな・・」って感じで恐る恐るやっている(笑)。そのくらいの曲のほうが“爆発力”があるのかも。

 

 

●これからの田所ヨシユキ―――― 

今後の目標は?
ひとつは、アルバムを早急に作りたい。いま、3パーセントぐらい進んでるんで(笑)
シングルを何枚か切って。「恋はプチプチ海ぶどう」は、沖縄の幼稚園で使ってもらえたらいいなあ(笑)。

ベクトルとしては、沖縄だけを向くんじゃなくって。自分というフィルターを通して“沖縄”を表現するというか、沖縄というフィルターを通して“田所”を表現するというか。とにかく多くの人に、自分の歌を聴いてもらいたいですよね。

毎回ライブでも言っているんだけど、「今年の紅白は一緒に行きましょう。行けないときは、渋谷の駅前でストリートライブしています!」ってMCで(笑)ここまで来たら、行けるところまで行きたいですよね。
今更自動車の営業もできないし(笑)
 
あと今後のライブの見せ方も、いろいろ考えています。それと、“絵”というツールをせっかく持っているのだから、PVでアニメーションを使うとか、いろんな形で田所ワールドを表現したいと思っています。
『恋はプチプチ海ぶどう」のダンスを収録したDVDも出したいですね。

 

——————————————————–

田所氏の持つサービス精神は圧倒的で、ユーモアたっぷり含まれたトークと歌を聴けば、たまらずファンになってしまうだろう。

決して聴き手の存在を置き去りにはさせない、ということ。
本インタビューにてそれが明らかとなったとき、彼のプロ意識の高さを感じずにはいられない。

だから彼の歌は、いつだって私たちをワクワクさせてくれる。独りよがりではない歌い手だからこそ、私たちを常に期待させ楽しませてくれるのだ。
それは、独特の世界観から抜け出した彼の在り方がなせる技である。
そして曲が始まった瞬間から、その独特な世界に私たちも足を踏み入れる。

“ようこそ、田所ワールドへ”

 

<インタビュー:釣本忠勝/ライター:本輪のと>

 
 

 


  お問い合わせバナー